BIメールニュースNo.113  2011.9.3発行 バックナンバー

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BIメールニュースNo.113  2011.9.3発行

【1】ケアとベーシックインカム          ベーシックインカム・実現を探る会代表  白崎 一裕

【2】関曠野さん講演会3・11以後~~原発事故をくぐった日本の将来を考える

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私たち「ベーシックインカム・実現を探る会」は、政治的に中立の立場で、「すべての個人への無条件な所得の保証」というベーシックインカムを実現につなげる提言を発信します。

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【1】ケアとベーシックインカム          ベーシックインカム・実現を探る会代表  白崎 一裕

従来の右肩上がりの経済成長路線やその延長にある福祉国家の枠組みでいまだに語られることの多いベーシックインカムだが、生産と経済成長を転換する原理としてのケアとベーシックインカムの関係を考えてみたい。参考になるのは、以前にもこのメルマガでとりあげた、エヴァ・フェダー・キテイの『愛の労働あるいは依存とケアの正義論』と『ケアの倫理からはじめる正義論』(白澤社発行・現代書館発売)である。

キテイの主張は、その哲学的レトリックを取り除いてみれば、きわめて明快だ。すなわち、わたしたちは、通常は自立して、労働し、生産し、理性的に判断して、法のもとに権利を行使して義務をはたしていると考えている。また、そのことを疑わない価値観を刷り込まれている。しかし、自立をはじめとする価値観や能力は、すべて、ひとりで自動的につくられてきたものではない。

それらは、「誰かに」依存して生まれ(誕生)、依存してケアを受け・育ち、そのことがなければ生存すらおぼつかないという状況をへてはじめて生まれてくるものだ。ケアは、実は、あらゆる領域に浸透している。たとえば、東北大震災で被災した人たちは、なるべく被災する前の土地にもどって暮らしたいと願っている。駄目になったところは、捨て去ればよい、ということではない。これは、暮らしていた土地・郷土・故郷が、たんなる自然環境でもなく、ディープエコロジストの主張するやや神秘的で抽象的な自然でもないというこを意味している。そこには人から受けるケアに通ずる色も匂いもあるあたたかみのある環境として存在する暮らしの場が存在する。また、料理は言うまでもないが栄養素の集合のエサではない。料理は、歴史や風土そして人の感情をつつみこんだケアを包摂する文化的行為である。

キティは、このケアを受ける依存者と依存者をケアする依存労働者を相互に重視して、それらの存在を西欧の伝統的な「法と正義」の領域は無視してきたと主張する。ケアなくして理性も法も国家も存在しないのだ。私は、このキティの主張にまったく同感である。特に依存労働者(ケア労働者といいかえてよい)もケアされなければならないという視点は重要だ。依存労働は、決して、すべてが市場からは調達されない。依存労働が市場でビジネスとして成り立つことで、ケアの質が高まる、という市場の効率性に基づく発想があるが、これは、大きな間違いである。たとえば、ただ話を長く何度も聞いてもらうことで心が休まる人がいるとしよう。この話を聞く依存労働は、市場の効率や競争という価値となじむだろうか。

こう考えてみると市場から調達されない依存労働(ケア労働)を支えるためには、なんらかの所得保証(ベーシックインカム)が必要となることがわかるだろう。

ただ、キティは、ベーシックインカムについては、まったく論ずることなく、依存労働者のケアは、また別の依存労働者が担当し、またその依存労働者を別の依存労働者が担当するという「入れ子状の依存の網の目を作り出す」(これをキティは、ドゥーリアという概念で表現している)ことで解決しようとしている。しかし、私はこの考えには懐疑的である。「依存の網の目」は依存労働者の広義の共同体創設のようだ。しかし、共同体のみでは、ケアの多様なニーズに応じることは不可能だと思う。まずは、依存労働者個人個人を保証するベーシックインカムが必要だ。その上で、その個人同士の「網の目」をつくりだせばよい。その方が「網の目」は有効に機能するだろう。(この項続く)

<白崎一裕 氏 プロフィール>(第三土曜日執筆)ベーシックインカム・実現を探る会 代表。「とちぎ教科書裁判通信」

http://kazuhihi.blog39.fc2.com/

BS11動画映像 田中康夫 vs 白崎一裕 対談

http://bijp.net/data/article/182

12分レクチャー:白崎一裕「ベーシックインカムまるわかり」

http://bijp.net/data/article/145

【2】関曠野さん講演会3・11以後~~原発事故をくぐった日本の将来を考える

「戦前の日本帝国はヒロシマで終わり、戦後の日本株式会社はフクシマで終わった」(関曠野「図書新聞」3011号より)

  1. 11は、私たちに何をもたらし、私たちはどこへ向かえばよいのか。グローバルな歴史的視野で3・11以後を考える思想史家関曠野さんの講演会です。

    9月24日(土) 午後6時~8時終了予定(開場午後5時30分より)会場:調布市文化会館たづくり8F映像シアター(京王線調布駅南口徒歩3分)

    http://www.chofu-culture-community.org/forms/menutop/menutop.aspx?menu_id=723

入場、無料定員:申込み順100名

お話 関曠野さん   プロフィール1944年生まれ。評論家(思想史)。共同通信記者を経て、1980年より在野の思想史研究家として文筆活動に入る。思想史全般の根底的な読み直しから、幅広い分野へ向けてアクチュアルな発言を続けている。著書に『プラトンと資本主義』、『ハムレットの方へ』(以上、北斗出版)、『野蛮としてのイエ社会』(御茶の水書房)、『歴史の学び方について』(窓社)、『みんなのための教育改革』(太郎次郎社)、『民族とは何か』(講談社現代新書)などがある。また訳書に『奴隷の国家』ヒレア・べロック(太田出版)がある。現在、ルソー論(『ジャン=ジャックのための弁明 ― ルソーと近代世界』)を執筆中。

  • 主催調布市西部公民館  〒182-0035 調布市上石原3-21-6

※講演の中で、通貨改革や所得保証にもふれる内容となります

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