エレン・ブラウンエッセイ。「財源の作り方 米大統領選候補者たちの死角から」

『負債の網』著者のエレン・ブラウンさんの最近のエッセイを訳者の早川健治さんの訳でおおくりいたします。 

 

内容は、わが日本やお隣の中国の通貨政策を評価するもので、米国と比べて「財源論」が有効に機能しているとし「アジア式中央銀行業」とまで言われると 

苦笑い!してしまいますが、ここでの議論は、政府と中央銀行の一体化による「統合政府論」とデフレ化での有効な経済政策とは?という視点で読んでいただけると議論の一助になると思います。特にMMT(現代貨幣論)を中心に「通貨発行権」が主な論議の的になっている中、ご参考になればと思います。特にこのエッセイを読むにあたり、『「反緊縮!」宣言』松尾匡編(亜紀書房)のなかの朴勝俊さんの論文「反緊縮経済学の基礎」をあわせてお読みになることをおすすめします。朴さんは、「量的緩和政策」の一定の有効性を認めつつ「デフレや不況を脱却するためには、財政政策も反緊縮的にすることが不可欠です」と述べ「財政ファイナンス」のタブーを超えていくべきと提言しておられます。この視点は、このエレン・ブラウンのエッセイと論点がクロスするものでしょう。信用創造廃止の政府通貨論(公共貨幣論)がもっとも有効であるとしながら、その過渡期的議論としてみることが可能ではないでしょうか?

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財源の作り方

米大統領選候補者たちの死角から

 

原文

https://ellenbrown.com/2019/07/10/how-to-pay-for-it-all-an-option-the-candidates-missed/

 

 

エレン・ブラウン 2019年7月10日

 

民主党の振り子が明らかに進歩左派へと振れる中、第一回大統領選挙討論において、各候補者たちは、貧困者、弱者、そして困窮する中流階級に助け舟を出すような計画を矢継ぎ早に編み出している。提案内容は幅広く、ユニバーサル・ベーシック・インカム、国民皆保険制度、グリーン・ニューディール政策、奨学金徳政令、大学学費無料制度等が挙がっている。問題は、スチュアート・バーネイが『FOXビジネス』で述べているように、増税や既存の社会保障のカットを伴わない財源計画が出ていないという点である。有権者はこれでは納得しないだろう。というのも、「人から奪って人に与える」しか代案が出ないのであれば、ちょうど財源がなくて頓挫しているトランプの1兆ドルインフラ整備計画のような末路をたどるのは目に見えているからである。

 

幸運なことに、適当な代案は存在するが、それが話題に上ることは、少なくとも今回の大統領選挙討論においてはほとんどない。しかし、これは日本では熱心に議論されており、中国ではもはや常識となっている方策である。政府は、国家銀行の帳簿に通貨を直接発行すればよい。中国や日本のリーダーたちは、経済はそもそも右から左へ資金を移すだけのゼロサムゲームではない、ということをよくわかっている。経済を成長させてGDPを上げていくためには、需要(つまり通貨)が供給と並行して伸びていかなければならない。つまり、制度内に新たな通貨が追加される必要がある。これこそ日本や中国のやり方であり、それは成功をおさめている。

2008年~2009年の世界銀行業危機の前に、中国のGDPは平均10%という成長を30年間も続けてきた。マネーサプライも並行して増えているが、それは国有銀行の帳簿に発行されたものである。安倍晋三政権下の日本も同じ方式を導入しており、中央銀行が国債を大量に購入するという経済刺激策を打ち出したが、そのとき生み出された通貨はコンピュータのキーボードをちょっと操作するだけで作られたものである。

以上のような方策を実施しても、物価は上がらなかった。古典貨幣理論に忠実なアメリカのエコノミストたちの予想が全く当たらなかったわけである。1998年から2018年までの20年間で、中国のマネーサプライM2は10兆元から180兆元(26兆ドル)に、実に18倍も増えた。それでもなお、中国は2018年の物価インフレーションを2%以下に抑えることができた。物価安定の背景には、中国がGDPを20年間で13倍も成長させたという事実がある。

 

 

日本では、「アベノミクス」と呼ばれる景気刺激策へ、中央銀行が資金提供をしている。日本銀行は今では政府負債の50%弱を「収益化」しており、かかる負債を同銀行の帳簿に発行された円を使って購入することで、負債を新たな通貨に変換している。もしアメリカの連邦準備制度が同じことをした場合、11兆ドル相当のアメリカ国債を保有する計算になるが、これは現在の保有高の4倍である。それでもなお、日本のマネーサプライM2は、20年間で2倍にすら増えていない。対して、アメリカのM2は同期間で3倍以上も増えている。さらに、日本の物価インフレーション率は、日銀の目標である2%を頑なに下回る値となっている。つまり、安倍首相の景気刺激策は、物価の高騰にはつながらなかったのである。むしろ、日本ではインフレよりもデフレが深刻な問題をして残っている。中央銀行が史上かつてないほどの大規模な負債収益化を行ったにも関わらず、である。

 

中国経済:巨大なネズミ講か、はたまた新たな経済モデルか

 

批評家たちは、中国の経済を「いずれは崩壊するしかないネズミ講」として批判してきた。その傍ら、中国は40年もの間、批評家たちの論の間違いを証明し続けてきた。2019年6月のアメリカ議会調査局の報告にはこう書かれている。

「1979年に自由市場改革を実施し、国際貿易や海外投資へ国を開いたことによって、中国は世界一成長率の高い経済圏となっている。実質GDP成長は2018年までで平均9.5%だが、世界銀行はこの速度を「主要経済圏における史上最速の持続的な拡大」と呼んでいる。こうした成長のおかげで、中国は平均すると8年に1度の割合でGDPを2倍にしてきており、推計8億人もの人たちを貧困から救い出してきた。中国は(購買力平価に基づくと)世界最大の経済圏、生産者、商品取引主体、そして外貨準備保有者である。

このような大きな成長は、中国の諸銀行―ほぼ国有銀行である―の帳簿への信用創造から資金を得ている。もちろん、アメリカでさえも、通貨のほとんどを諸銀行の帳簿への記入という形で発行している。私たちのマネーサプライとは、銀行負債なのである。しかし、中国モデルの特徴は、クレジットの行き先を中国政府が積極的に決定している、という点にある。「中国が発明した新しい経済運営方法」と題された2018年7月の記事において、ノア・スミスは、銀行クレジットの規制によるマクロ経済の安定化、という中国の新しいアプローチは、先進国経済にとって有意義な教訓を提供してくれるような新しい経済モデルとなりえる、と書いている。スミスはこう続けている。

「多くのエコノミストたちは、中国のこのアプローチはその場しのぎであり、介入も積極的すぎるため、話にならず、先進国はこんなものを手本にするべきではない、という見解を示してくる。しかし、中国はこれをてこにして多くの危機を乗り越えてきており、ウォッチャーたちがもう何年も危惧し続けてきたような最悪の金融崩壊を防ぎ続けてきた。」

 

アベノミクス、ヘリコプター・マネー、そして現代貨幣理論(MMT

 

ノア・スミスはさらに、日本のユニークなモデルについても書いている。安倍首相が2017年10月に競争相手を一蹴して以来、「日本で長年与党であり続けてきた自民党は、政権保持のための手段として画期的で興味深い方式を編み出した―現実的な統治を行い、経済に焦点を絞り、国民が望むものを提供していく、という方式である。」 安倍首相いわく、仕事をしたいと言う人は皆仕事をみつけることができており、中小零細企業もうまくやっており、日本銀行の前代未聞の量的緩和プログラムは、大規模なインフレーションを引き起こすことなく企業に構造改革のためのクレジットを提供できた。安倍首相はさらに、幼児教育や大学教育の無償化にも踏み切る意向を表明してもいる。

中国の経済モデルと同様、アベノミクスもまた、中央銀行発行の「勝手な」通貨から資金を得ているとして、ネズミ講呼ばわりされてきた。しかし、名前が何であれ、この方策は日本経済にとってうまく機能してきた。一時期は眉をひそめていた国際通貨基金ですら、アベノミクスは成功している、と宣言した。

日本銀行の大規模な国債の買いオペは、「ヘリコプター・マネー」とも呼ばれてきた。国債を担保することによって、中央銀行が政府支出を直接賄う方法である。中央銀行の財政出動によって政府は支出という形で通貨を発行してよい、という仮説を立てているという点で、これは現代貨幣理論とも比較されてきた。ネイサン・ルイスは、2019年2月の『フォーブス』誌にこう書いている。

「実のところ、いわゆる《MMT》のような理論の洗練は、近年、より高いレベルに到達している。その好例が日本である。日本銀行は、GDPの100%以上に相当する国債を保有している。つまり、日本政府は、《印刷局》を駆使し、インフレーションを起こさずに、GDPの100%相当の資金繰りを行うことに成功したのである。」

日本の公務員らは、日本では法律上政府が中央銀行へ国債を直接売却することが禁止されているとして、ヘリコプター・マネーやMMTとの比較を否定している。アメリカと同じく、日本でもまた、国債は公開市場で売却されなければならず、現にアメリカ政府はこの制約があるからこそ負債を直接収益化することができない。しかし、日本銀行副総裁の岩田規久男は、2013年の『ロイター』誌の記事において、国債が実際にどこで売られているのかは問題ではない、と洞察している。重要なのは、中央銀行が国債の購入に合意している、という点である。そして、ここにおいてこそ、アメリカと日本や中国のそれぞれの銀行法の違いもここから現れてくる。

 

アジア式の中央銀行業

 

アメリカ財務省が公開市場で国債を売却する場合、連邦準備銀行がそれを購入してくれるかどうかは定かではない。大統領や国会等が連準の政策に少しでも影響を与えようとすれば、それは中央銀行の神聖なる独立性の侵害であるとして即座に糾弾される。

少なくとも理論上は、中国や日本の中央銀行も独立している。いずれも国際決済銀行のメンバーであり、国際決済銀行は、通貨の安定性や中央銀行の独立性の持続がいかに重要であるかを説いてきた。どちらの国も、このような政策をより効果的に自国政策にも反映させるために、1990年代以降、銀行関連法律の改正を進めてきた。それでもなお、中国や日本の銀行法とアメリカの銀行法との間には、重要な相違点がいくつかある。

日本では、日本銀行が金利の設定を自由に行うことが合法となっているが、それでも、日銀は金利政策を定めるに際して財務省と密に連携する必要がある。1997年日本銀行法第4条にはこう書かれている。

「日本銀行は、その行う通貨及び金融の調節が経済政策の一環をなすものであることを踏まえ、それが政府の経済政策の基本方針と整合的なものとなるよう、常に政府と連絡を密にし、十分な意思疎通を図らなければならない。」

アメリカの場合と異なり、安倍首相は国債の売買について日銀総裁と交渉することができるため、負債を国内経済の成長の一助となるような通貨へと変換していくことができる。彼はこれを合法的に行うことができるのである。

中国の中央政府が中央銀行に対して持つ影響力は、日本の総理大臣のそれよりも一層強い。1995年中華人民共和国中国人民銀行法にはこう書かれている。

「国務院の指導の下、中国人民銀行は、金融政策を策定及び実施し、金融関連リスクへの対処及び排除を行い、金融安定を維持する。」

国務院は、マネーサプライ、金利、そして為替レートの年度調整等について、最終判断を行うことができる。国務院は、経済の安定化を図る権利を行使する上で、銀行クレジットの発行の指導と規制を行ってきたわけだが、これこそノア・スミスが言うような重要な教訓を含む新しい中国マクロ経済モデルである。

アベノミクス成功の6年間と、中国の前代未聞の経済成長とは、政府は負債を収益化し、物価の高騰を引き起こさずにマネーサプライを増やして景気を刺激できる、ということを証明している。アメリカの政策担当者たちのマネタリスト理論は、もはや古びており、破棄されるべきである。

日本語には「協力」という言葉がある。文字通り、力を集めることでさらに力をつけていくという意味である。「一緒に動くことでより強力になる。」 この原理は、アジアの文化においては常識であり、私たちも見習うべきものである。中国や日本の成功例に従い、連邦議会、内閣、そして中央銀行が協力できるような法改正をどのように進めてゆけばよいのか、ということこそ、両党のアメリカの大統領候補者たちが本当に議論するべき論点なのである。