【翻訳】ナミビアのベーシックインカム先行的社会実験についての論文

 

BIG CoalitionのPetrus氏の許可のもと、ナミビアのベーシックインカムについて論文を、干場康行さんが翻訳しました。下記、原文のリンク先と、日本語翻訳です。必ずしも正確な翻訳ではありませんが、文意は通じていると思います。もし誤りなどありましたら、ご指摘頂きますよう、よろしくお願いします。

 

英語原文

Pilot Project(Basic Income Grant Coalition - Namibia)

 

 

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先行的社会実験(パイロット・プロジェクト) 

 

 2008年1月から2009年12月まで、ベーシック・インカム給付連合(BIG連合)は、世界的に初めてとなるベーシック・インカム給付の先行的社会実験を、ナミビア Otjivero - Omitaraで実施した。 実験終了後は、国家としてのベーシック・インカム給付開始まで、実験参加者に対し、給付を途切れさせない目的でつなぎ手当が支給されている。

 

 

社会実験の来歴と背景 

 2006年末、ナミビアで先行的社会実験(パイロット・プロジェクト)を開始し、更なる一歩を踏み出すことがBI給付運動には必要であるという考え方が、BIG連合内部で強くなってきていた。その背景には、先行的社会実験の実施が、BI給付が現実に機能すること、そして、貧困緩和や経済発展に対して予想されるようなプラスの効果が実際にあることを実例として示せることがある。この考え方は、カメータ司教が中心となって、アパルトヘイト時代の英語媒介学校[英語を媒介語として授業で用いる学校]や非白人居住区の診療所のような具体例から(または神学的な「予言」から)ヒントを得たものだ。事実、つい最近の同様な例として、治療行動キャンペーン・「国境なき医師団」・ケープタウン州政府によって実施された社会実験がある。抗レトロウイルス(ARV)療法の提供は有効であるが発展途上国では実用的ではないと言われていた時に、彼らは、ケープタウンのある黒人居住区で治療プロジェクトを一斉に開始したのである。この先行的社会実験は成功し、間もなく、発展途上国でのARV療法展開に対する見解が改められることとなった。

 

BIG連合は、政府がこの種の金銭支給を責任をもって実施するよう働きかけることが最終目的である一方、自分たちの役割は模範を示すことである主張している。BIG連合は、ベーシック・インカムを、ある一つのコミュニティで行うための募金を集めた。そして、貧困者の救済や、貧困の低減や経済成長の観点から所得保証制度が何を引き起こすかを報告するといった実際的な活動を通じ、所得の再分配が正当であることの実例とすることとした。

 

BIG共同体は、2006年末、BIGの先行的社会実験の実施を決定した。開始は2008年。発展途上国での無条件かつ普遍的な所得保証の具体的な実験であり、この種の実験としては初めてのものであった。

BIG共同体は、所得保証制度が現実に機能すること、それが所期の効果を有することを実証するため、ナミビアのOtjivero - Omitara 入植地(人口約1,000人、ウィントフーク[首都]の東約100 kmに位置)において、期間限定(2008年1月から2009年12月の2年間)でBI給付を実施した。BIG先行的社会実験には、BI給付の際の推奨事項に沿って、その主張する以下の原則を遵守することが求められた。

 

・全ての人に給付されること、

・現金の受給資格であること、

・一種の所得保証制度であること、

・公平な再分配が行われるような制度であること。

 

複数の個人やキリスト教の信徒団体に寄附が行われ、国際レベルの支援も得られることとなった (世界にパンを、世界ルーテル連盟、 福音宣教連合、ラインラント福音教会、ヴェストファーレン福音教会、フリードリヒ・エベルト財団 等)。募金は、共同体の持つ様々なネットワークや関係者によって支えられていた。

 

 

社会実験の事業概要 

2008年1月、ベーシック・インカム給付 (BIG)先行的社会実験が、ウィントフーク[首都]の東約100 kmにある Otjivero - Omitara 地区で開始された。60歳以下の全ての住人は、一人一月辺り100ナミビアドルが、何の条件も課されずに給付される。給付金は、2007年7月の時点で当地での生活している者として登録された全ての人に、社会的・経済的状態に関係なく与えられる。

 

 

調査方法: 

BIG先行的社会実験の効果及び影響の評価は、継続的に行われた。調査は、ナミビア共和国福音ルーテル教会(ELCRN)の社会開発担当クラウディア博士/牧師とダーク・ハーマン博士/牧師、労働資源調査研究所のヘルベルト・ヤウフ氏とヒルマ・シンドンドーラ-モーテ氏、そして、献身的かつ熟練した臨時調査員の助力を得て実施された。国際的に著名な専門家による、高い知名度を持つ外部諮問グループが調査全体に関わった。その国際専門家チームは、調査方法の評価や、データや計算結果の確認だけでなく、Otjiveroでの実験参加者への面談を行うために、二度ナミビアを訪れた。これにより、調査結果の学術的・科学的水準が担保された。諮問グループのメンバーは以下の通りである。

 

・ ニコリ・ナトラス教授(エイズと社会調査ユニット・ユニット長、南アフリカ・ケープタウン大学 (UCT)経済学部教授)

・マイク・サムソン教授(南アフリカ・経済政策調査ユニット(EPRI)・ユニット長、米国・ウィリアムズ・カレッジ教授)

・ ガイ・スタンディング教授(英国・バース大学経済保障学教授、オーストラリア・モナッシュ大学労働経済学教授)

 

調査には、4つの互いに重複しない方法が用いられた。一つ目が、2007年11月のベースライン調査[事前状況把握調査]。次が、2008年7月と11月のパネル調査[対象固定調査]。三番目が、地域内の情報提供者からの情報収集。四番目が、Otjiveroに住む一人ひとりの生活に関する詳細な事例研究である。

 

 

実験結果: 

12ヶ月間のBIG実施後の主要な実験の結果は、以下の通りである。

 

・BIG導入前の実験地、Otjivero-Omitaraは、失業と飢餓と貧困の町であった。住民のほとんどは、他に行くところがないという理由でそこに住み続けており、生活は欠乏状態によって決定され、未来への希望はほとんどなかった。

 

・BIG導入は住民の希望に火をともした。地域社会は、住民を結集し、BIGの賢い遣い方について住民へ助言するため、メンバー18人からなる委員会を自ら立ち上げ、これに応えた。このことは、BIGの導入が、コミュニティの住民を団結させ、その自治能力の拡大を効果的に促進することができることを示唆している。

 

・BIGが特定の一地域に導入されたため、著しい規模での実験地への人口流入が発生した。困窮した家人が、例え自分たちが助成金は貰えなくても、BIGに魅了されて実験地内へ移住したのだ。このことは、特定の地域や町や家庭内への人口流入を回避するためには、BIGが全国一斉に導入される必要があることを示している。

 

・実験地への人口流入は、本研究のデータに影響を及ぼした。一人当たりのBIGによる収入は、2008年1月には89ナミビア・ドル/月であったのが、2008年11月には67ナミビア・ドル/月にまで落ち込んだ。そこで我々は、人口流入の影響を考慮しつつ、BIGの与える効果の分析を行うこととなった。

 

・BIG導入以降、貧困世帯は顕著に減少した。2007 年11月には住民の76%が食糧貧困ライン以下にあったが、BIG導入後1年以内に37%まで減少した。特に、人口流入の影響を受けなかった家庭では、その率は16%に達する。このことは、BIGの全国での導入が、ナミビアの貧困水準に劇的な効果を及ぼすであろうことを示している。

 

・BIG導入は、経済活動の増大をもたらした。利益獲得活動に従事した人の割合(15歳以上)は44%から55%に増加した。個人事業はもちろん、支払や儲けや家計の足しとするためにも、受給者が仕事を増やすことを可能にしたのだ。金銭給付は、特に、受給者が煉瓦作りやパン製造や洋裁のような小さな商売を自分で始めるような生産的な活動によって実働収益を増やすことを可能にした。また、家計の購買力を増大させ、地域の市場を作り出した。このような結果は、BIGが怠惰と依存をもたらすという批判者の主張と矛盾している。

 

・BIGは、子供の栄養失調の大幅な減少という成果をもたらした。WHOの測定方法によるデータを用いると、子供の年齢別標準体重については、標準体重未満の割合は2007年11月は42%であったが、2008年6月は17%、2008年11月には10%と、たった6ヶ月間で目覚ましく改善していた。

 

・BIG導入前は、貧困と交通手段の欠如が、エイズ感染者である住民の抗レトロウイルス療法(ARV療法)の利用を妨げていた。BIGは、滋養物の購入や薬物治療へ通うことを可能にした。更にこれは、住民がゴバビス[Gobabis、オマヘケ州の州都]まで通わなければならないことを考慮して、政府の決定により、ARV療法が実験地で受けられるまでなった。

 

・BIG導入前は、学校へ通うべき子供のほぼ半数がきちんと学校へ通えていなかった。進学率は40%であり、ドロップアウト率も高かった。多くの親が学費を支払うことができなかった。BIG導入後は、以前の倍以上の親(90%)が学費を払い、今ではほとんどの子供が制服を着るようになっている。経済的理由による不登校は42%減少したが、この減少率は実験地への人口流入による影響がなければ更に上昇していた筈である。学校からのドロップアウト率は、2007年11月の40%から2008年6月には5%にまで減少し、2008年11月にはほぼ0%となった。

 

・BIG導入後、住民は地域診療所を以前より定期的に利用するようになった。現在、住民は1受診当たり4ナミビア・ドルを支払い、診療所の収入は、一月当たり250ナミビア・ドルから5倍の約1,300ナミビア・ドルまで増加した。

 

・BIGは、各家庭の借入金の減少に寄与し、借入金の平均額は、2007年11月から2008年11月の間に1,215から772ナミビア・ドルに減少した。同時期、大家畜・小家畜・家禽の所有拡大を反映し、貯蓄の増加がみられた。

 

・BIGは犯罪の顕著な減少に寄与した。現地警察署の報告によると、全犯罪発生率は42%減少、うち家畜の窃盗が43%、他の窃盗がほぼ20%であった。

 

・BIG導入は、生存のための女性の男性への依存度を下げた。BIGによって女性は、自分の性生活を制御する手段を手に入れ、生存との引き換えに行わなければならないセックスの苦痛から、ある程度解放されたのである。

 

・BIGがアルコール依存症の増加をもたらすという批判は当たらないことが、経験上の証拠から言える。コミュニティの委員会は、アルコール依存症の増加の抑制を図っており、現地の酒店の経営者との間には、BI支給日にアルコールの販売を行わない旨、合意に至っている。

 

・BIGは、貧困を抑制し、貧困層の経済成長を促進する、社会防衛の一形態である。それは、ナミビアが国家目標として約束した千年紀発展目標の達成に、一つの政策として大いに寄与するであろう。

 

・ナミビア全土でBIGを導入するための費用は十分にある。純費用は120万から160万ナミビア・ドルであり、GDPの2.2?3%である。このような全国的な現金支給の場合の原資調達には、様々な方法がある。一つは、所得税の増加に連動して付加価値税を適切に調整する方法である。これであれば、全ての中低所得世帯が得をする。他の調達方法には、国家予算の優先順位付けの見直しと、天然資源への特別課税の導入がある。

 

・ある計量経済学的分析によると、ナミビアの担税力[租税負担能力]は、国家歳入を30%上回ることが分かった。現在の税の捕捉率は25%以下なので、ナミビアの税収増加の余地を考えると、BIGにかかる純費用を大幅に上回ることになる。

 

・ 全国的なBIGでは、数種の機関が長期給付金を支給することになる。

 

 

社会実験後の展開 

BIG連合は、Otjivero-Omitaraでの先行的社会実験での目覚ましい結果にも関わらず、ナミビア政府が未だに全国的なBIGの導入についてはっきりした態度を示さないことについて、失望とともに言及した。実験の結果は、BIGには、貧困と戦い、社会発展を促進し、地域経済発展の起爆剤となる効果があることを示した。BIGの与えたインパクトは、正に壮観であった。貧困水準や子供の栄養失調の割合は、登校率や診療所の利用の向上に伴って劇的に下降した。経済活動も同様に、犯罪発生率が下降する中、大幅に増加した。

 

BIG連合は、Omitaraでの実験結果を受け、全国的なBIGの実施にはナミビアの全ての地域のためになると確信している。それは有益かつ実施は可能であり、ゆえに、実施するか否かはひとえに政治的な意思の問題である。貧困者の困窮状態を軽減し、彼らが貧困から脱却して働くことができるようにする直接的な手段として、全国的なBIGは、かつてないほど必要とされている!

 

全国的な実施が遅れが、全ての貧困者、特にOtjivero-Omitaraの貧困者に損害を与えている。2年間の実施の後、BIG先行社会実験は予定終了時期の2009年12月を迎えた。BIG連合としては、住民が2年前のBIG導入前まで経験していた非人道的な貧困レベルへ逆戻りするのを傍観することはできない。よって、全国的なBIGの実施を要求する間、 家計を維持するための「つなぎ手当」を当面の間用いていくことになる。これは解決策ではなく、あくまで「一時しのぎ」であり、BIGの代替物ではない。「つなぎ手当」は実験参加者に限って支給され、その個人・コミュニティへの助成額双方に関する制限について周知されている。今後1年から2年の間に政府が全国でBIGを導入し、つなぎ手当が不要になることを期待している。

 

当面の間、社会実験に参加した全ての人に対して、80ナミビア・ドルの「つなぎ手当」が支給され、各人の郵便貯金口座に振り込まれている。ベーシック・インカムとしてはおよそ足りない額なので、我々は、この社会実験に参加し、このような目覚ましい成功をおさめた人々のために、実際に開発による利益を得るための支援を行おうと考えている。実験の参加者は、我々BIG連合だけでなく、来村し、数々の変化や新たな希望を目撃することとなった政治家、記者、テレビレポーターなど、ありとあらゆる種類の数多くの訪問者に刺激を与えてきた。更に、この実験は世界中で報道され、社会発展の新手法についての世界的な議論の対象の一つとなっている。実際ナミビアは、Otjivero-Omitaraの人々のお陰で世界に知られているのだ。彼らは、人権的なアプローチ、平等の哲学、神学的な尊厳に基づく限り、ほんの少しのお金が何を為し得るかを世界に対し示した。我々BI連合は、今回の実証経験と、肯定的な実例の存在が、他の人々に対し、当然に彼らが権利を有するものを要求するための後押しになることを心から望んでいる。すなわち、「全ての人にBIGを」!

 

 

©2011, Claudia & Dirk Haarmann - BIG Coalition

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