『負債の網』(那須里山舎)著者のエレン・ブラウンが、米国政治のオカシオコルテス現象で話題のMMT理論(現代貨幣理論)への適切な批評をおこなっています。MMTか?それとも「量的緩和」か?それとも公共通貨(政府通貨)の公共銀行ネットワーク銀行か?MMTへの評価と批判をまじえて、現在の最先端の政治課題への解説となっています。また、『負債の網』の読書ガイドにもなっています。『負債の網』訳者の早川健治さんに翻訳をお願いいたしました。みなさんの考察と議論にお役にたてることと思います。
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通貨政策が政治の中心問題に!
~MMT、量的緩和、それとも公共銀行?~
原文
https://ellenbrown.com/2019/03/21/monetary-policy-takes-center-stage-mmt-qe-or-public-banks/
2019年3月21日 エレン・ブラウン(早川健治訳)
止め処ない環境破壊に対する警鐘が鳴り響く中、米国や欧州では、多種多様なグリーン・ニューディール政策案や、これらへの資金調達の方策を巡るアカデミックな議論が盛り上がってきている。通貨政策は、通常、曖昧模糊とした学術書や秘密裏に行われる官僚談合の中へと吸い込まれていくものだが、ここにきて突然脚光を浴びることとなった。
アレクサンドリア・オカシオ=コルテス議員によって米国下院に提出された長さ14ページのグリーン・ニューディール政策案には、現代貨幣理論(MMT)が実際に触れられているわけではないものの、これこそメディアの注目を集め、同案で最も大きな議論の的となっているアプローチなのである。税や負債の心配をせずに富を手にすることは、少なくとも生産力が限界に達しない内は可能である、という点では、MMTの概念は良い。しかし、詳細を調べていくと、いくつかの問題点が明らかになる…
MMT推進派は、政府は税を集める前に税収を歳出にあてることができる、と言う。実態はというと、政府は歳出を行うにあたって新たに通貨を発行するのである。経済内には、まだまだ公共歳出の余裕が有り余っており、需要が供給を上回って物価が上昇するのは当分先の話である。
反対派はしかし、以上の点は間違っている、と言う。政府は口座にお金が入って初めてこれを歳出にあてることができるのであり、それは税収や国債売却によって賄われるべきである、というわけである。
こうした批判の正当性は、『現代貨幣理論入門:反対への応答』と題された2013年論著において、MMT論者たち自身が認めている。かれらはしかし、「こうした制約は最終結果を変えるものではない」とも述べており、より専門的な議論へと話を進めている。かれらの言い分はこうである:「中央銀行準備通貨(CB通貨)は連邦準備制度が独占的に供給している。財務省は、CB通貨で支払いを行う。財務省は徴税や長期債券の発行によってCB通貨を調達する。よって、徴税や債券発行が行われるためには、CB通貨の注入が必要条件となる。」
これに対して、米国通貨研究所(AMI)研究員をはじめとする人々は、次のように反論している:中央銀行は、ドルを独占的に供給しているわけではない。米国内に流通しているドルの大半は、政府ではなく、民間銀行融資によって発行されている。連準はそのプロセスを補助するために、必要に応じて中央銀行通貨(銀行準備通貨)を供給する。こうして銀行が発行した通貨は、連邦議会が実際に歳出を行わなくても、財務省による徴税や借り入れの対象となるのである。AMI研究員たちはさらにこう続けている:「銀行準備通貨はすべて、連準が諸銀行のために発行するものである。政府歳出は、(過去に発行された)銀行準備通貨を諸銀行へ送り返しているにすぎない。」セントルイス連邦準備銀行が言うように、「連邦赤字があるからといって、連邦準備制度は政府証券の購入を義務付けられているわけではない。よって、連邦赤字は、それ自体としては、必ずしも銀行準備通貨やマネーサプライの増加につながるわけではない。」
実のところ、連邦赤字によって増えるのは、連邦負債である。たしかに、負債自体は毎年度繰り越し続けることができる(そして実際にそうされている)が、複利で増え続ける利息が、納税者が毎年度負担すべき予算項目として残る。この先10年間で、利息のみで年度当たり1兆ドルの歳出となる、という予測もあるほどだが、これは持続不可能な重税といわざるをえない。
グリーン・ニューディール政策ほどにも大規模な計画に資金提供を行うためには、増税や連邦負債増加を伴わない新しい仕組みが必要となる。こうした仕組みは、米国グリーン・ニューディール政策内で実際に提案されてもいる―公共銀行のネットワークである。米国メディアが取り上げることは滅多にないが、この代案は、2008年からグリーン・ニューディール政策案が検討され続けている欧州においては盛んに議論されている。欧州の経済学者たちはこうしたイニシアチブについてより時間をかけて考えてきており、多党制(multiparty systems)を持つおかげで、「社会主義者」「資本主義者」といったラベルによる妨害を比較的受けずに済んでいる。
欧州における思想形成の10年
グリーン・ニューディル政策案第一号は、英国のグリーン・ニューディール・グループの後援を受けつつ、新経済基金(NEF)によって2008年に発表された。最新の論争は、ギリシア元財務大臣のヤニス・バルファキス率いる「欧州民主主義運動2025」(DiEM25)と、『21世紀の資本論』の著者でありフランス経済学者のトマ・ピケティによって繰り広げられている。欧州グリーン・ニューディル政策への資金調達方法として、ピケティは増税を、バルファキスは公共グリーンバンク制度を、それぞれ推奨している。
バルファキスの解説によると、欧州は今、増税や政府赤字増を伴わない新たな投資資金を必要としている。これを目的として、DiEM25は、「欧州の公共投資銀行(イギリス、欧州投資銀行、そして欧州投資基金のような、ユーロ連合において見られる新型の投資商品の前兆等々)によって発行される公共債券を資金源とした、投資主導の復興又はニューディール計画」を提案している。かかる債券の価値暴落を防ぐために、中央銀行は、一定価格以上での買い取りを行う構えをとる。「端的に言うと、DiEM25は、中央銀行を活用しつつ、実経済へのグリーン投資を基調とした調整版の量的緩和を提案しているのです。」
欧州において、公共開発銀行はすでに大きな成功を収めており、また同銀行の負債は政府負債としては計上されない。税収ではなく、ローン返済を行う債務者から資金を調達しているからである。他の諸銀行と同じように、諸開発銀行もまた営利機関であり、政府にとってお荷物となるどころか、むしろ新たな収入源となるのである。DiEM25協力者のスチュアート・ホーランドはこう洞察している。
ピケティは自分の案とグリーン・ニューディール政策との相違点を浮き彫りにしようとあくせくしているが、二案の本当の相違点は、かれの案は―たとえどれほど善良な意図を含んでいたとしても―新たな条約や新たな機関、そして資産及び所得への課税等を含む願望リストである、という点である。グリーン・ニューディール政策は、条約の改定も新たな機関設立も必要とせずに、雇用回復を通じて所得と直接・間接税収とを作り出すことができる。それは債券を資金源としたルーズヴェルト式のニューディール政策を基盤としているが、後者は1933年から1941年の間で失業率を20%以上という状態から10%以下という数字にまで引き下げており、なおかつ平均財政赤字を3%という低さにおさえた。
ルーズヴェルトのニューディール政策は、フーヴァー大統領が設立した復興金融公社(RFC)という公共金融機関から資金の大半を得ていた。債券の売り上げを収入源としていたわけだが、融資からの利益が債券の清算にあてられ、結果としてRFCは純利を得た。RFCは、道路や橋、ダムや郵便局、大学、電力、住宅ローン、そして農場等々、多彩な資金提供を行い、かつ同時に政府に収益を提供してもいたのである。
公共銀行制度と「グリーン量的緩和」
米国グリーン・ニューディール政策は、市や州等の地方所有の諸銀行を含む「特化型地域銀行からなる制度又は新たな公共銀行と、連邦準備制度とのコンビネーションによる」資金調達を目指している。カルフォルニア公共銀行同盟立法委員会議長のシルヴィア・チーは、Medium.com上の記事においてこう解説している。
かかる公共投資のための資金調達の一貫として、グリーン・ニューディール政策は、公共銀行のネットワーク―ちょうど分権型のRFCのようなものである―の必要性を盛り込んでいる。こうしたアプローチはドイツにおいてすでに成功例があるが、そこでは再生可能エネルギーやエネルギー効率化設備の導入に必要な資金の調達に公共銀行が大きな役割を果たした。
チーによると、地方・地域諸銀行は、グリーン・ニューディール政策の費用を賄う手助けをするために、「インフラ設備の改善、環境に優しいエネルギー資源の採用、食糧及び交通のシステムの持続可能性と利便性の向上、等々の企画にむけて低金利の融資をすることができる。連邦政府も、例えば公共銀行に資本提供を行ったり、融資プログラムが守るべき環境・社会責任基準を設定したり、公共銀行融資に参加する動機を与えるような税制改革を行ったりすることで、やはり一助となることができる。」
英国教授のリチャード・マーフィーは、中央銀行の役割をさらにもう一つ追加している―「グリーン・インフラ量的緩和」という形での新たな通貨発行である。2008年の元祖英国グリーン・ニューディール・グループの一員でもあったマーフィーは、続けてこう解説している。
量的緩和はすべて、政府等の諸機関が発行する負債を、中央銀行が、文字通り無から創造された通貨を使って買い取ることによって機能する。通貨発行の手続きは、銀行が融資を行う度毎に繰り返される。では私たちの言い分では何が違うのかといえば、違いはただ一つ、こうしたプロセスを経て中央銀行が発行した通貨は、政府が色々な形で抱えている負債を買い戻すために使用されるべき、つまり、こうした負債を帳消しにするために使用されるべきだ、という提案のみである。
以上の解決策へのお決まりの反論として、それでは物価インフレーションが引き起こされてしまうのではないか、というものがあるが、過去記事ですでに示したように、インフレが起こる必然性はどこにもない。むしろ、負債の量と、その返済に使用可能な通貨の量との差は、「バランスシート不況」を回避するために、毎年新たな通貨で埋め合わせをされなければならないのである。『負債と民主主義の二者択一』という2016年作品で、英国教授のメアリー・メローは問題をこう表現している。
マネーサプライを負債と結びつけることで生じる主な矛盾の一つに、発行者が自ら発行した以上の量の通貨を必然的に要求してしまう、というものがある。負債に基づく通貨は、利息付で返済され続けなければならない。通貨が継続的に返済される中で、マネーサプライを維持するためには、新たな負債が生産され続ける必要がある。こうして、マネーサプライの中核に、社会的・環境学的に持続可能な経済を確立しようとする人々の活動を妨げるような成長力学が埋め込まれてしまうわけである。
利息問題に加え、銀行家やその他の富裕層の人々は地方経済に利益を還元しない傾向がある、という問題もある、とメローは言う。地域のニーズに応じるために利益を使う公共銀行と異なり、富裕層は、カネを貯めこみ、投機市場にこれを投資したり、脱税天国や諸外国にこれを移したりするからである。
米国経済を繰り返し崩壊させてきたにわか景気の悪循環を回避するためには、不足分の通貨の埋め合わせが必要となる。新たな通貨は負債の返済にあてられ、負債とともに消滅し、全体的なマネーサプライとインフレーション率は変わらずに残る。もし経済内に通貨を注入しすぎてしまった場合は、徴税によってこれを好きなときに回収すればよい。そもそも、MMT論者が指摘するように、経済を「オーバーヒート」させるような生産性のリミットに私たちが到達してしまうことはまだ当分ありえない。
グリーン量的緩和案に関して、マーフィーはこう書いている。
2009年から2012年にかけて実施された量的緩和プログラムの主な目的はただ一つ、シティ・オブ・ロンドンと同区内の諸銀行にリファイナンスを行うためであった。私たちが提案しているのは、これよりも小規模なプログラムであり、私たちが子孫に残したいと感じるあらゆるものごとに投資をしつつ、英国内の市町村すべてにおいて、有意義で適切な賃労働をする機会を創造することで、英国経済に渇を入れることである。
公営の中央銀行を含む公共銀行のネットワークを用いれば、同じような方法で米国のグリーン・ニューディール政策にも資金提供をすることができる―増税や連邦負債増、物価インフレーションなどを一切起こさずに、である。